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2007.11.01 (Thu)

「クレイドゥ・ザ・スカイ」

 
「そもそも現実なんて、こんなものかもしれないな」

 主人公がわからない小説だ。森博嗣著「クレィドゥ・ザ・スカイ」はまさにウロボロスの環のようである。本作は、「スカイ・クロラ」シリーズの完結編であるが、時系列的には、スカイクロラの前にあたる。全編「僕」の一人称語りで話が進められていくが、その「僕」が何者であるかは作中には描かれておらず、推理をする他ない。これはミステリーで言うところの叙述(じょじゅつ)トリックである。読者は、一人称の「僕」に誰を当てはめるかで、幾通りもの解釈ができ、さらに謎は深まり、言いようのない迷路に陥っていく事になるのではないだろうか。SFだと思っていたら、最後の完結編で実はミステリーだったという罠にはまった人は多いだろう。冒頭のとっかかりから、「僕」が誰であるか疑問を持ちながら読んでいく読者、素直に読み進めて、「僕」を前作の主人公「クリタ」であると当てはめて、一度目を読み終えてしまった読者もいるはずだ。だが、どちらも読み方は間違っていない。
 物語は、墜落(?)で入院した「僕」が病院から抜け出し、馴染みの娼婦と逃避行をする最中、知り合いの科学者とコンタクトを取り、追っ手から逃れていくという流れになっている。また、キルドレ(見かけは子供でそれ以上成長しないが、パイロットとして類まれなる力を発揮する造られた少年少女のこと)である「僕」は記憶喪失で、戦闘機乗りとしての力を喪失している。日常生活に支障をきたすことはないが、自分が何者か分からず、パイロットであった事、そしていくつかの固有名詞しか覚えていない。
 普通の人にとって、自己のアイデンティティは「名前」と「職業」であろう。だが、「僕」は、自分が誰であるかはどうでもいい、ただ「もう一度飛びたい」とそれだけを考えている。「僕」は悩まない。「僕」にとって、自分は何者であってもいい、それは性別すら超越しているのだ。だから、この小説の「僕」は、彼と彼女、どちらを当てはめても読みすすめる事ができる。
 彼らは永遠の円環に取り込まれた「傷のない遺伝子」なのだ。傷つき、戻るたびに外装を変えられ、喜び勇んで、また飛立ち、高空にループを描く。今日も、明日も。
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2007.11.01 (Thu)

「陽気なギャングが地球を回す」


「本日はお忙しいところまことに申し訳ありません。紹介が遅れましたが、私たちは銀行強盗です」

 久々に心の底から楽しいと思える小説に出会えた。「陽気なギャングが地球を回す」、伊坂幸太郎著の、スタイリッシュ・ギャング・コメディである。
 嘘を見抜く達人、演説の名人、天才スリ、精緻な体内時計を持つ紅一点、と主人公であるギャングの面々が魅力的なのもさることながら、会話が洒脱で、彼らの掛け合いがまるで上質の演劇を見ているように、おかしく愛らしく感じられる。もしかしたら、我々がふと立ち寄った喫茶店で、彼らが銀行強盗の相談をしているかもしれない。そう思わせるほど、彼らは生き生きとしていて、そして魅力的だ。
 また、物語の展開はスピーディで読むものを飽きさせない。作者は九十分で終わる映画が好きだとあとがきで告白しているが、まさにジェットコースターノベルと言ってもいいのではないだろうか。ベルトを締めて、ゆっくりとコースターの頂点に向かっていく緊張感、一気に猛スピードで駆け巡るような昂揚感、そして祭りの後のような浮遊感。全てがこの小説にはある。小説や映画は長ければいいものではない。また難解なものを無理してありがたがる必要などないのだ、と再確認させられた気がする。

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2007.11.01 (Thu)

「邪魅の雫」


「此処は私の世界だ。だから、私にしか壊せない。壊していいのは私だけだ」

 「セカイ系」というジャンルを聞いたことがあるだろうか。ライトノベルないしは漫画のジャンルの一種で、本来は唯の「個」でしかない主人公と(多くは)少女の問題が、そのまま「世界」の危機、または終わりに直結している作品群の事である。
 京極夏彦の京極堂シリーズ最新作「邪魅の雫」はセカイ系ではないが、「個人」と「世界」との関係性を、連続毒殺事件と絡め、独特の語り口で紐解こうとする一級のミステリーである。
 元来人間は、己こそ世界の中心と考えたがる。己を中心として、見聞き、感じ発する。それはあながち間違いではないが、他者から見れば自分は中心ではない。そういった「個」が集まり、はじめて「世界」が構築される。主人公「拝み屋」京極堂は、二つの間に個々人に共通する「世間」という中間項を挟み、読者の疑問を言葉=呪(しゅ)によって融解してくれる。
 今作は、ミステリーの謎解き部分だけを見れば、これまでのファンには物足りず凡作かも知れないが、この本の主眼はそこにはない。他人の世界に介入し、己を中心とした世界に入れ子細工のように全てを取り込もうとした犯人に与えられる罰は、あまりにも厳しく、そして悲しい。
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2007.06.03 (Sun)

「幽霊刑事」


「幽霊にだって、泣くことはできたのだ」

 
 有栖川有栖著。「幽霊刑事」の主人公は、タイトル通り幽霊である。
 主人公神崎は、殉職した父の後を追って刑事になった正義感溢れる男だ。同じ科に勤務する森須磨子と婚約し、これから人生を謳歌するという時に、夜の浜辺で上司の経堂刑事部長に銃殺される。だが、次に気づいた瞬間、彼はまばゆい光に包まれた幽霊になっていた。理不尽な己の運命を呪う神崎であったが、やがて自分を殺した経堂を捕まえるために、幽霊としての力を使って捜査をすることを決意して…。というのが大体のストーリーである。
 主人公が、幽霊になって活躍する話というと、真っ先に「ゴースト、ニューヨークの幻」が思い出されるだろう。無念のうちに死んだ男が、残された恋人を守るために奮闘する。だが男は彼女に触れることすら叶わない。切なく、心打つ作品として記憶に残っている。幽霊刑事の神崎もまた、恋人の須磨子とコンタクトを取ることが出来ない。二人は側にいながらにして、リアルとアンリアルの境界によって、引き裂かれている。それでもなんとかして、自分の感情を、自分の存在を知らせようとする。
 我々はどうだろうか。同じリアルの側にいながらも、我々は他人に対して鈍感だ。そして自分にすら鈍感で、自分を偽り、飾り立て、日々を生きている。違う境界から懸命に叫ぶ声、神崎の声は我々には届かないかもしれない。だがせめて自分の心の声や、近くにいる人の声には、耳を傾けてみよう。同じ世界の住人なのだから。
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2007.06.02 (Sat)

「美奈の殺人」


「十五歳を過ぎてから、ため息のつき方ばかりうまくなった気がする」

 夏、十七歳、美少女、そして、殺人。太田忠司著「美奈の殺人」は、そんな魅力的なキーワードが、シェーカで振られ、上等なカクテルになった青春ミステリィだ。
 とある一件で心に傷を負った主人公−「僕」は、夏の夕暮れの海岸で、日に焼けた奔放な美少女、佐竹美奈に出会う。自分と同じ心の中に潜む「闇」を彼女の瞳に感じ取った「僕」は、彼女に魅かれはじめ、振り回されながらも行動を共にする。だが、ちっぽけなプライドを守るために、彼女を傷つけた「僕」は、美奈と別れ、ひと夏の経験を胸に海岸を後にする。その後美奈が失踪したと聞かされて…。
 
 好きだったものが、些細な事で嫌いになる。そんな経験が誰しもあるのではないだろうか。例えば、大好きだった曲が、ふとした事で突如憎しみの対象になる。その曲が流れると、音符が鋭い針と変わり、心を突き刺し深く抉る。抉られた心は、血肉を曝け出しながら、苦い記憶を呼び覚ます。だがそれは若者の特権である。いつか、それを乗り越え「経験」が「思い出」というカクテルになった時、舌の上で「苦味」は「切なさ」に変わる。そして、再びその曲を聴く事ができるようになるのだろう。大切な誰かとともに。
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